【イベントレポート】銭湯と美容室の店主は“にぎわい”をどう生み出しているのか?

2022.08.17

イベント

まちの“にぎわい”は、どうやって生まれていると思いますか?

私たちクラシエプロフェッショナルは、理美容サロンの素晴らしい技術や宿泊・温浴施設の心地よい空間と融合することで、お客様のいい日をつくることができる。と感じています。そして、サロンや施設がまちの中でつくりだしているコミュニティなどの隙間に生まれる「にぎわい」を探究することが、お客様のいい日の実現につながっていくのではないかと考え、にぎわい探究マガジン「アルケバボウ」を創刊しました。

この「アルケバボウ」の創刊を記念して、東京・高円寺にある銭湯「小杉湯」店主の平松佑介さんと、神奈川・三崎の「花暮美容室」をプロデュースする元美容師で編集者のミネシンゴさんをお迎えして、視聴者の皆様とともににぎわいを探究するオンラインイベント「にぎわいが生まれる場所って、どんなとこ?」を開催。(詳細はこちら

にぎわいはどうすれば生み出せるのか、そもそも意図的に生み出せるものなのか。実践者のお話を伺いながら、一緒に考えてみました。

にぎわいの生まれる場所づくりとは

銭湯という場の価値を最大化することで、自然とにぎわいが生まれる

以前より、クラシエのブランドZIRAのユーザーであった小杉湯。「これまで商品として選んでいたが、アルケバボウ等を通じてクラシエの想いに改めて共感した」と冒頭でお話してくださいました。

「小杉湯」は、杉並区高円寺にある昭和8年(1933年)創業の銭湯です。平松さんは、この小杉湯の3代目。2016年に事業継承しました。

そんな平松さんの一番の想いは、お祖父様とお父様が大切に守り続けてきた小杉湯の建物と、銭湯という営みを、50年後、100年後も存続させていくことだと言います。

「僕が小杉湯を経営する一番の目的は、『小杉湯を続けること』。自宅にお風呂が当たり前になったこの時代で、銭湯の営業を続けるというのは、生半可なことではない。“どうすれば生き残っていけるのか”という圧倒的な危機感だけで、この6年間を走ってきました。

その一方で、“銭湯は今の社会にとって必要な場所である”という希望も見えてきた。銭湯は、お湯をシェアするシェアリングエコノミーであり、セルフサービスだからこそ、よく顔を合わせる人とちょっとした挨拶を交わすような『サイレントコミュニケーション』が生まれる場所なんです」(平松さん)

名前も肩書きも知らないけれど、目が合えば軽く会釈し合うような、「中距離なご近所関係」を築けるのが、銭湯の大切な役割だと語る平松さん。

「だから僕らの意識としては、場を開いているというよりも、『場を閉じない覚悟を持っている』と言ったほうが正しい。日常の中の小さなことに幸せを感じられる時間を“ケの日のハレ”と定義して、小杉湯では大切にしています」。

今でも平日で400〜500人、土日祝日は800人〜900人のお客さんが来るという小杉湯。その60%が半径2km圏内に住んでいる人で、週1回以上利用している常連さん。男女比は6:4、年齢構成は20代・30代…40%、40代・50代…20%、60代・70代…20%、80代以上…10%となっており、実にダイバーシティに富んだお客さんで日々にぎわいを見せています。

そして2020年3月には、小杉湯の隣にコワーキングスペース「小杉湯となり」をオープン。さらに翌年には、小杉湯となりから徒歩5分のところに「小杉湯となり-はなれ」もオープン。小杉湯は“浴室”、小杉湯となりは“食堂・書斎”、小杉湯となり-はなれは“自習室”といったように、小杉湯を中心に「生活空間の一部をまちで共有するライフスタイル」を提案しているのです。

美容室は、まちの情報集積所

得意な企画・編集力を生かし、美容室に留まらず、三崎エリアにユニークな場所をつくり続けているミネさん。

出版社 アタシ社代表のミネさんは、元美容師という異色の経歴の持ち主。5年前に神奈川県三浦市の三崎に移住してからは、築90年の元船具店をリノベーションして、「本と屯」をオープン。ミネさん夫妻が所有する3,000冊の蔵書と寄贈された2000冊を読んだり、お茶を飲んだりして、子どもから大人まで、自由気ままに屯できる場所をつくりました。

次に、本と屯の2階にオープンしたのが、プライベートサロン「花暮美容室」です。「美容院は、『ただ髪を切って、お金を払ったら、さようなら』という場所ではありません。髪を切る人は1人でも、子連れやカップルなど複数人で来て、髪を切らない人は下で本を読んだり、横のソファで宿題をしたりして、思い思いの時間を過ごしています。そういう人間味のある温かい場所なんですよ」(ミネさん)

花暮美容室では、1周年記念のイベントとして「普段ならやらない髪型展」を開催。その名の通り、“普段ならやらない髪型を体験してみよう”という企画です。すると、小さなお子さんから、近所のマグロ屋のおじさんまで、たくさんの人が足を運んで、大にぎわいに。

「どうやったらにぎわいを生み出せるかと、日々考えている」というミネさんですが、「そもそも美容室はコミュニケーションがたくさん生まれる場所であり、まちの情報集積場所である」のだそう。「個人情報保護の観点から、『誰が何をしゃべったか』は他人には言わないものの、美容師さん自身には相当な情報が溜まっている。それをまちのためになる新たな価値へと転換できないかなと考え続けています」(ミネさん)

今では、雑貨屋「HAPPENING(ハプニング)」やシェアオフィス「BOKO」を運営するほか、古着屋も始めようとしているミネさん。公園のような場所を商店街につくりたいのだと言います。

「『好きなこと』『得意なこと』『人のためになること』の3つの輪が重なることは、僕がやる意味があると思う。これを意識しながら、三崎でにぎわいの場づくりに勤しんでいます」。

過去と今がつながる、まちの風景

これまで日本各地で数々のアートプロジェクトの企画を行い、現在は京都や沖縄を中心にまちのフィールド調査を行っている有馬さん。

ここからは有馬恵子さんがモデレーターとして加わり、クロストーク形式で「にぎわいを生み出すためにできること」について議論を深めていきます。

銭湯という生活に密着した施設を、90年近く守り続けてきた小杉湯。小杉湯の建物は、創業当初から1度も建て替えをしておらず、修繕を積み重ねながら大切に残してきたものだそう。平松さんはそんな銭湯文化をこれからも守り続けていく責任と覚悟を形として表すために、昨年、登録有形文化財を取得したのだと言います。

そんな平松さんの想いを聞いて、ミネさんは「小杉湯に生まれた宿命は変えられないし、小杉湯という場所も動かせない。それらをすべて受け入れ、銭湯としての機能や昔ながらの風合いを残しながらも、新しいところへ拡張していくバランス感覚が素晴らしいなと思った」と感想を語ります。

他方、自ら選んだ土地で、自ら仕事をつくり、にぎわいを生み出してきたミネさん。まちの風景を守ることに対して、どんな想いを持っているのでしょうか。「新しい土地に根ざしていく上で、失敗したことはなかったのか?」と、平松さんも興味津々です。

「あんまり儲からなさそうな商売をしているからか、特にトラブルはなかったですね。とはいえ、やはり地域のコミュニティのやり方を学びながら、新しいことを仕掛けていくのが大前提。突拍子もないことはできないなと思っています」と答えたミネさんは、「僕にはどうしてもできないことがある」と明かします。

「今は『本と屯』や『花暮美容室』といった屋号が付いているけれど、以前の家主が貼った『米山船具店』というカッティングシートだけは、いまだに剥がせないんですよ。それを剥がしてしまったら、まちの風景から米山さんが消えてしまう気がして」。

“いろいろな人の想いや生きた証が詰まったまちの風景を、1人のやりたいことだけで勝手に変えてしまうのはよくない”という考えは共通のようです。そんなお二人だからこそ、多くの人々が共感して集まってくるのかもしれません。

 

店の関係人口を増やす工夫とは

実際に小杉湯に訪れた有馬さんは、タオルの角をきちんと立てて畳むなど、スタッフの方の技術で気持ちの良い空間が生み出されていることを実感したと言います。

次に、有馬さんは「ファンを巻き込む仕掛けをどんなふうにつくっているのか」と投げかけます。

この疑問に対して平松さんは、銭湯として最も大切な「きれいで清潔で気持ちのいいお風呂を用意すること」と、「スタッフも接点として捉え、関係者を増やしていくこと」の2つのポイントを挙げました。

「広告費をかけられるわけではないから、きちっと畳まれたタオルやピカピカに磨かれた風呂桶など、銭湯という環境をつくっているモノを通じて、小杉湯の想いを感じてファンになってくれている人は多いと思います。

スタッフの雇用に関しても、効率だけを考えたら長く働ける人を雇ったほうがいいけれど、小杉湯では1コマ3時間で週に1〜2回の人でも雇うようにしている。接点の数として捉えるなら、同じ金額で長時間働ける人を5人雇うよりも、短い時間でも働いてくれる人を15人雇ったほうが、関係者は増えますからね」と語る平松さん。

小杉湯を自分ごととして捉えられる関係人口を増やすことで、自然と人が集まってくる環境をつくっているようです。

他方、蔵書室や美容室、雑貨屋や古着屋など、一見、とりとめのない事業展開をされているミネさん。これも多くの人をファンとして巻き込むための戦略なのでしょうか?

「そんな大それた狙いはなくて、僕たちがやりたいことをやっていたら、自然と人が集まってきた感覚のほうが強いですね。

三崎の僕がいる商店街は、1960〜70年代は毎日1万人が訪れる、すごいまちだったそうなんですよ。でも今はすごく下火になっていて、銭湯も映画館も全滅してしまいました。だからそれを復活まではいかなくても、いろんなお店をつくることで、できる限りシャッターを開けたいという想いがひとつ。

もうひとつは、約束もなくそこに行けば誰かに逢える、公園みたいな場所をつくりたいという想いです。本と屯に来ていた子どもたちが『三崎は大きな公園がなくて、遊ぶ場所がないんだよね』と言っていたのを聞いて。そこに行けば新しい友だちができたり、世代を問わずコミュニケーションが取れたりするような場所があったら、三崎がもっと楽しくなるし、みんなそれを求めているような気がするんです」(ミネさん)

ふらっと立ち寄れる場所にするために

街のコミュニティセンターのような銭湯を目指す平松さんと、公園みたいな場所をつくりたいミネさん。共通するのは、どちらも「ふらっと立ち寄れる場所」である点です。「そんなふらっと立ち寄れる場所にするために、お二人はどんなことに気をつけているのでしょうか」と有馬さんは問いかけました。

これに対し、ミネさんは「あんまりわかりやすいお店にしないこと」だと答えます。

「『うちは喫茶店です』とはどこにも書いていないんですよ。本と屯と書いたのれんを出さずに、ただ引き戸を開けているだけの日のほうが、ふらっと入ってきてくれるんですよね。『何のお店ですか?』って。そこから会話が始まって、そのまま滞在していく人が本当に多い。何屋かわからないからこそ、ふらっと入って来られるんじゃないかなと思います」。

他方、平松さんが意識しているのは「いつ来ても気持ちのいい場所にしておくこと」なのだそう。銭湯はセルフサービスなので、人と人のコミュニケーションを設計するというよりも、人と場所、人と環境のコミュニケーションを設計している感覚が強いのだと言います。

「環境に人の愛情のようなものを込め続けて、“気持ちのいい場所”に昇華させる。気持ちのいい場所には、何度も立ち寄りたくなりますから。そうやって、ふらっと足を運んでいるうちに、小杉湯という環境に対するそれぞれの意味が生まれてくると思うので」(平松さん)

この言葉を受け、ミネさんは「“公的な場所と私的な場所の間”が、僕らにとって、にぎわいの生まれる場所の定義かもしれない」と見解を述べます。

「平松さんが場を閉じない覚悟についてお話されていましたが、ふらっと立ち寄れるようにするために大切なことですよね。僕らも常に引き戸を開けているので、公的な場所と私的な場所の間をつくっているイメージなんですよ。引き戸を開けたところにある“土間”は、一種のマジカルゾーン。土間に座れる場所をたくさんつくったことで、ふらっと立ち寄った人たちとおしゃべりが始まります」。

 

おわりに

にぎわいを生み出すための第一歩として、「『本と屯』『本と美容室』のように、『と』を意識するといい」と教えてくれたミネさん。「『と』を意識して異業種をくっつけてみると、にぎわいが生まれるような仕掛けはいくらでもできるはずだ」と説きます。

クラシエグループでは『夢中になれる明日』というスローガンを掲げていますが、その実現には、今日お聞きした“にぎわいの場づくり”がとても重要であると実感しました。

今回、創刊した「アルケバボウ」は、私たち「と」日々まちのにぎわいの生まれる場づくりをされている皆様をつなぐ大切な存在です。これからも私たちができることで、皆様の活動に寄与できるよう、取り組んでいきたいと思います。

 

左から、アルケバボウの企画編集と当日の司会を担当した株式会社ロフトワークの服部さん、クラシエプロフェッショナル細木原、ミネさん、平松さん、有馬さん。