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漢方について

漢方ってすばらしい! ~10分で読める 漢方医学コラム~

東洋医学の主役といえる漢方。今、多くの医療機関で漢方薬が処方されるなど、東洋医学の可能性について大きな期待が寄せられています。この秘めたるパワーをもった漢方のことをもっと知りたいという方へ贈る、10分で読める漢方コラムです。

― 第3回 ―

メンタル疾患の予防、不眠症対策

上海中医薬大学附属日本校
校長 矢尾 重雄(医学博士)

メンタル疾患の予防、不眠症対策に漢方医学を生かせないか?

不眠で悩む女性のイメージ

不眠症とは、満足すべき睡眠がとれていないという自覚症状のことです。症状はさまざまで、通常、入眠困難、または睡眠の途中で目が覚めると再度眠ることができなくなる、あるいは眠れても朝までに何度も目を覚ます、などの症状があります。症状が重い場合には一睡もできなくなることもあります。また、近年患者数が増加している認知症は脳の退行性疾病とされており、記憶力や認知機能が徐々に衰えるのが特徴ですが、不眠症と認知症に一定の関連性があることが学会誌などで発表されています。

では、認知症を含む多くのメンタル疾患や不眠症について、漢方(中医学)ではどう考えるのでしょうか。中医学では精神症状と身体症状には深い関連性があり、「精神」と「肉体」を同じレベルで考えるのが特徴です。メンタル疾患・不眠症において中医学的に考えられる原因としては、「七情(しちじょう)」といわれる人間の精神活動の急激な変化、過労や生活習慣病による体力の消耗・食生活の不節制などがあげられ、これらによって人体のもつ機能のバランスが崩れます。このような状況では、精神などを司る機能がうまくはたらかなくなってしまうのです。これがメンタル疾患や不眠症の発症原因であると考えられています。

ここで、人体機能におけるバランスの崩れについて、もう少し詳しく見ていくことにしましょう。中医学では、メンタル疾患や不眠症について、「心(しん)・肝(かん)・脾(ひ)」という機能が不調になると、発症しやすくなると考えられています。
「心(しん)」は「血(けつ)」を送り出すポンプの役目に加えて、思考や精神作用の中枢とされています。精神活動を安定させるためには、「心」を養う栄養物である「血」や、ホルモン物質などを含むと考えられているリンパ液などを想定した体液(津液)、そして機能面をつかさどるエネルギーとされる気などが充実していなければならないと考えられています。

また、「肝(かん)」には「血」を貯蔵する機能があります。しかし、憂鬱や激しい怒りによってこの「肝」がダメージを受けると、「血」を蓄える機能が失調してしまい、「肝」に貯蔵される「血」の量が減少します。すると、寝ようとしても昼間同様に「血」が脳や全身を積極的に巡り続けることになり、また脳に巡る「血」の量自体も不足します。これにより熟睡ができなくなり、記憶力も低下してしまうとされています。
さらに「心」の不調によって食欲が減退することなどがよくあります。消化器系などの機能を担う「脾(ひ)」による栄養吸収の悪化、そして「血」や水分(津液)を作り、全身に運ぶ機能の失調が起こっている状況です。「気血(きけつ)」を産む源である「脾」が不調になると、「心」に流れる「血」が不足し、不眠の症状が現れてしまいます。

このように、メンタル疾患や不眠の根本原因は、体を構成する「気」「血」「津液」「五臓六腑(※1)」のバランスの乱れから起こるため、この歪みを治すことが治療につながります。漢方薬は、直接的に眠気を起こさせるというよりも、抑うつ、不安、焦燥などの自然な睡眠を妨げている要因を除去し、「気」「血」「津液」「五臓六腑」のバランスを整えることによって間接的にメンタル疾患や不眠を改善していると考えられます。
※1 上記、「心・肝・脾」にプラスして「腎・肺」を含めた「五臓」、さらに付随する器官である「六腑」。これら生命維持のための全身の機能系統をさす。

落ち込んでいる女性、虚のイメージと怒っている男性、実のイメージ

では、ここで漢方治療において、「証(しょう)」といわれる体質・症状のタイプ別に用いる処方をいくつかご紹介します。
神経症、貧血、食欲不振などを伴う「心」と「脾」の不調である「心脾両虚(しんぴりょうきょ)タイプ」の不眠の場合は、「加味帰脾湯(かみきひとう)」という代表的な処方があります。この処方は更年期障害を伴う睡眠障害には、虚実を問わず第1選択として使用できる処方です。また、中医の現場では、早期の若年性認知症による睡眠障害にも使用実績があります。
上記のような不足を指す虚証とは反対に、ほてり、イライラ、興奮といった機能亢進を指す実証に対しては「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」「女神散(にょしんさん)」などの処方を用います。これらの処方にはすべて熱を鎮める「黄連(おうれん)」が含まれており、イライラの症状を抑えます(「肝火(かんか)」を鎮めるという)。
また、興奮はあるが体質は虚証という方も多くみられます。これに対しては「抑肝散(よくかんさん)」や「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」といった処方を用います。「抑肝散」と「抑肝散加陳皮半夏」は「柴胡(さいこ)」や「釣藤鈎(ちょうとうこう)」で「肝」を保護し、そのはたらきを助けるよう作用します。
また、夜中に目が覚めたり、朝の目覚めが早過ぎたり、熟睡できないなどの睡眠障害への処方は虚実を問わず「加味逍遙散(かみしょうようさん)」が有効です。
さらに脳への血行不良が問題のメンタル疾患の場合には、「冠心II号方」の使用も有効といえます。

ウォーキングしている女性のイメージ

予防としては、とくに50代からは、性格を温厚にして、規則的な食事と睡眠を心がけ、栄養のバランスに注意しましょう。さらに、毎日8000歩の運動を続け、疾病の早期診断・早期治療に注意すれば、メンタル疾患・不眠症を改善に導き、そして認知症などのメンタル疾患や不眠症の予防にも役立つといえます。

上海中医薬大学附属日本校 校長 矢尾 重雄(医学博士)

上海中医薬大学附属日本校
校長 矢尾 重雄(医学博士)

矢尾重雄先生プロフィール

  • 1958年3月生まれ(中国名 姚重華)
  • 1978年2月上海中医薬大学医療学部入学。1984年7月卒業。
  • 1984年8月より上海市第一人民病院で臨床医として勤務。中国の国宝級の名老中医に師事。臨床医として経験を積んだのち日本に渡る。
  • 1994年3月神戸大学大学院医学研究科(分子病理学)で医学博士の学位を取得。
  • 1994年4月よりP&G(プロクター・アンド・ギャンブル社)、1997年9月より大塚製薬株式会社にて二十数年間にわたり医薬品開発と臨床開発に従事。
  • 2017年12月より上海中医薬大学附属日本校校長に就任。長年培った医薬経験を生かして、日本の東洋医学の発展に貢献している。

上海中医薬大学付属日本校ホームページ