目次
仕事、家庭、ライフステージの変化 ― 忙しい毎日の中で、知らず知らずのうちに心身へ負担を抱えてしまう女性は少なくありません。今回は、そうしたメンタル不調のサインや背景、早めに気づくためのポイント、そして日常生活の中でできるケアについて、女性ヘルスケア専門医の小川真里子先生に解説いただきました。
本記事は疾患・症状に関する一般的な情報提供を目的としたものです。 医薬品の使用については、医師、薬剤師又は登録販売者の指導に従ってください。
ー働く女性が直面しやすいメンタル不調について教えてください。メンタルに不調をきたすと、どのような症状が現れますか?
小川先生:メンタル不調というと、気分の落ち込みや不安感などの「心の症状」が注目されがちです。しかし、心と体は密接につながっており、精神的な不調が身体症状として現れることも珍しくありません。睡眠障害や慢性的な疲労感、頭痛、動悸、めまい、胃腸のトラブルをきっかけに、自身のメンタル不調に気づくケースも少なくないのです。
私が診療する女性患者さんでは、眠りが浅い、夜中や早朝に目が覚めるといった睡眠の問題を抱えている方が目立ちます。また、漠然とした不安や動悸、やる気が出ない、仕事や家事に集中できないなどの症状を感じて受診される方もいます。生理前のイライラや気分の落ち込みなど、PMS(月経前症候群)に伴う情緒不安定に悩まれる方も多いですね。
ー早い段階でメンタル不調に気づくためのサインはありますか?
小川先生:日常生活の中で、いつもと違う変化が続いているときは、心が疲れているサインかもしれません。例えば、以前は楽しめていた趣味や好きなことに興味が持てなくなったり、朝起きるのがつらくてなかなか体が動かなかったりする状態です。また、ちょっとしたことで涙が出る、気分の浮き沈みが大きくなる、職場や家庭でのささいな出来事に過敏に反応してしまうといった変化も要注意です。さらには、夜なかなか眠れない、眠っても疲れが取れない、食欲が極端に増えたり減ったりする、なんとなくだるい、やる気が出ないといった状態が続くこともメンタル不調のサインの一つです。
ーメンタル不調に陥りやすいのは、どのような人でしょうか?
小川先生:「頑張り屋さん」「完璧主義」「責任感が強く断れない人」などがメンタル不調になりやすいと言われますが、実際には性格に関係なく誰でも起こり得ます。人にはそれぞれストレスの許容量があり、それを超える出来事や負担が続けば不調に陥る可能性があります。転勤や転職などの環境変化、仕事・育児・介護の両立による負担がその一例です。「自分は大丈夫」と過信せず、日頃から心身の変化に目を向けることが大切です。
ー働く女性のメンタル不調の背景にはどのような要因がありますか?
小川先生:まず挙げられるのは、役割の多さです。育児・家事・介護などの負担が女性に偏りやすい現状の中で、仕事との両立による時間的なプレッシャーや慢性的な睡眠不足が生じやすくなります。その結果、十分に回復する時間が確保できず、心身の疲労が蓄積し、メンタルヘルスの不調につながっていきます。
次に、女性ホルモンの変動による影響です。月経周期に伴う気分の波、妊娠・産後・更年期といったライフステージごとのホルモン変化が、心身の不調に結びつくことがあります。加えて、ハードワークやハラスメント、キャリア不安といった職場環境の問題も大きな要因です。
それからもう一つ、悩みを相談できる環境が十分でないことも影響します。安心して話せる人間関係や職場のサポート体制が整っていないと負担を抱え込みやすくなり、これらの要因が重なり合い、心身の消耗が限界を超えてしまう場合があります。
ーメンタル不調のサインを感じたら、まずは何をしたらよいでしょうか。
小川先生:不調は、心と体が発している「これ以上は負担が大きい」という防御サインですから、まずは休んでください。一人の時間をつくり、心身の休息を十分に取りましょう。サインが出ているのに「まだ頑張れるはず」とムリを続けると、症状の悪化につながります。
ー不調が続く場合、どのタイミングで医療機関を受診すればよいでしょうか?
小川先生:症状が2週間以上続く場合は、医療機関の受診をおすすめします。「疲れが取れない」「気分の落ち込みが続く」といった症状は、忙しく働く女性であれば誰でも経験することでしょう。しかし、それが2週間以上続いていたら注意が必要です。
そのうえで、次のようなケースはできるだけ早めの受診を検討してください。
もちろん、2週間というのはあくまで目安です。つらいと感じたら、その時点で受診をしてください。早めに専門家へ相談することで悪化を防ぎ、回復へのきっかけになります。
ー何科を受診すればよいでしょうか?
小川先生:気分の落ち込み、不安感、不眠、意欲低下が主な症状には、心療内科または精神科の受診が適しています。心療内科は、ストレスや心理的要因が頭痛・胃腸症状などの体の症状につながっているケースを診ることが多く、精神科はうつ病や不安障害などの精神疾患そのものの診断・治療を専門としています。「精神科=重い病気の人が行く場所」というイメージを持たれがちですが、実際には軽症の段階で相談する方も多く、身近な窓口になっています。
月経関連の不調や更年期症状など、女性ホルモンの影響が疑われる場合には、婦人科・産婦人科での相談も選択肢となります。判断に迷う場合は、内科や総合診療科を受診し、必要に応じて専門科を紹介してもらう方法も有効です。
また、受診前の段階では、薬剤師に相談することも安心につながります。かかりつけの薬剤師を持っておくと、症状や市販薬の選び方について継続的に相談でき、不調時にも頼れる存在になります。
ーメンタル不調に対する漢方薬の有用性についてはいかがでしょうか。
小川先生:西洋薬が「不安には抗不安薬」「不眠には睡眠薬」というように症状ごとに働きかけるのに対し、漢方薬の特徴は、心身をひとつのものとして捉え、全体のバランスを整える点にあります。メンタル不調は、ストレスや睡眠不足、体調の変化、ホルモンバランスの乱れなど、さまざまな要因が複雑に絡み合って生じることが少なくありません。そのため、心身全体の状態を整えるという漢方の考え方は、有効な選択肢となり得ます。
また、漢方薬では一人ひとりの「証(体質)」や、そのときどきの心身の状態に合わせて処方を選びます。体力の有無や冷えの傾向、ストレスへの反応なども考慮しながら、個々の状態に応じたきめ細かな選択が可能です。
PMS(月経前症候群)や更年期症状など、女性ホルモンの変動に関連する不調との相性がよいことも漢方薬の特徴です。気分の落ち込みやイライラ、不安感といった精神症状だけでなく、疲労感や冷え、睡眠の質の低下といった身体症状も含めて、心身を穏やかに整える目的で幅広く活用されています。
ーメンタル不調に対する漢方治療では、どのような考え方で処方を選択されますか?
小川先生:メンタルの不調に対する漢方薬は、出ている症状だけでなく、その人の体の状態もふまえて選びます。例えば、気分の落ち込みが目立つ場合には、心身の消耗を補う加味帰脾湯(かみきひとう)を用います。イライラが強い場合は、気持ちの高ぶりを鎮める処方として加味逍遙散(かみしょうようさん)や抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)を用います。ストレスで神経がピリピリしている状態をやわらげる働きがあります。
不安症状に対しては、加味帰脾湯や加味逍遙散、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)などを用います。具体的にはのどのつかえ感がある不安には半夏厚朴湯、動悸や眠れないほどの強い不安には柴胡加竜骨牡蛎湯を選ぶこともあります。
また、疲労感が強く、体力や気力が低下している状態、いわゆる「気虚(ききょ)」には人参養栄湯(にんじんようえいとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯を(じゅうぜんたいほとう)用います。補中益気湯は主に気力低下に、人参養栄湯は不安や不眠を伴う状態に、十全大補湯は「気」だけでなく「血」の不足もあるような消耗の強い状態に適しています。
不眠に対しては、ストレスや興奮が背景にある場合に抑肝散加陳皮半夏や柴胡加竜骨牡蛎湯を選択し、心身の緊張を緩和することで睡眠の質を改善します。
※上記は医師による一般的な漢方治療の考え方の一例です。実際の治療では、症状だけでなく体質や既往歴等を踏まえて処方が選択されます。 ※医療用医薬品は医師の診断・処方に基づき使用されるものです。治療方針や処方内容は症状や体質等により異なります。
インタビュー内で言及された主な漢方薬
■ 加味帰脾湯 体力中等度以下で、精神的な疲れやイライラ、不眠、精神不安などの傾向がみられる方に用いられる漢方薬です。
■ 抑肝散加陳皮半夏 体力中程度を目安として、イライラしやすい、気持ちが高ぶって落ち着かない、不眠などの症状がみられる方に用いられる漢方薬です。
■ 半夏厚朴湯 体力中程度を目安として、のどに何かがつかえているような違和感があり、気分が落ち込みやすい、不安感があるなどの症状がみられる方に用いられる漢方薬です。
■ 柴胡加竜骨牡蛎湯 体力中等度以上を目安として、精神的な緊張や不安があり、イライラしやすい、動悸や不眠などの症状がみられる方に用いられる漢方薬です。
■ 人参養栄湯 体力虚弱を目安として、疲れやすく、食欲がなく、病後や術後などで体力が低下している方に用いられる漢方薬です。
■ 補中益気湯 体力虚弱で、元気がなく、胃腸のはたらきが衰えて、疲れやすく、食欲不振などの症状がみられる方に用いられる漢方薬です。
■ 十全大補湯 体力虚弱を目安として、疲れやすく、貧血傾向があり、病後や術後などで体力が低下している方に用いられる漢方薬です。
ーメンタルヘルスを守るために、日常生活でどのようなことを意識したらよいでしょうか?
小川先生:質の良い睡眠、適度な運動、バランスの取れた食事は、メンタルヘルスを支える基本です。とはいえ、仕事や家事、育児、介護などに追われる毎日の中で、それらを完璧に実践するのは簡単ではありません。だからこそ大切なのは、「走りっぱなしにならない」こと。時には立ち止まり、自分の心と体の状態を振り返る時間を持ってください。そして、疲れやストレスのサインに気づいたら、その原因を見つめ直し、調整できる部分から少しずつ整えていきましょう。すぐに解決できない問題でも、向き合い方を考えるだけで負担が軽くなることがあります。
また、何事も一人で抱え込まず、信頼できる家族や友人、同僚などに気持ちを話す機会を持つことも重要です。考え方としては、「完璧を目指す」のではなく「80%できれば十分」と捉えることで心に余裕が生まれます。失敗やできなかったことを責めるのではなく、自分に優しい言葉をかけることも意識してみてください。
日記やアプリなどを活用して、その日の気分や体調、睡眠の状態、月経周期などを記録するのもおすすめです。自分の心身の変化のパターンが見えてくることで、不調のサインに早く気づけるようになります。
ーメンタルが弱っているときに避けるべき行動について教えてください。
小川先生:メンタルが弱っているときは、判断力や気力が一時的に低下しているため、本来であれば選ばないような重要な決断をしてしまうことがあります。そのため、このようなときは離職や転職、離婚といった人生に大きく影響する選択は、できるだけ避けていただきたいと思います。こうした判断は、心身の状態が回復し、気持ちが落ち着いてから改めて考えることで、後悔のリスクを減らすことができます。
SNSの使い方にも注意が必要です。不調時は情報に対する受け止め方が敏感になりやすいもの。発信した内容が後から負担になったり、他人の華やかな投稿を見て落ち込んだりすることがあります。調子がすぐれないときはSNSから距離を置くことも、自分を守るための有効な手段です。
自分を大切にすることは決して甘えではありません。心と体の声に耳を傾けながら、自分のペースで過ごしていくことが大切です。
小川真里子(医学博士) ふくしま子ども・女性医療支援センター教授。日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医、指導医。日本心身医学会専門医、指導医。慶応義塾大学附属病院、東京歯科大学市川総合病院を経て、2024年より福島県立医科大学 ふくしま子ども・女性医療支援センター准教授、2025年より同・教授。専門分野は、女性医学(女性ヘルスケア)、女性心身症。